「冷えると楽、温めると楽」は、方向を決める一言
外来で、月経痛や不定愁訴を訴える患者に「冷えると悪くなりますか、温めると楽ですか」と尋ねると、多くの人が「そういえば、お風呂に入ると楽です」「冬になると決まってひどくなります」と答えます。
私たちはこれを何気なく「冷えで悪化、温めて軽快」とカルテに書きます。ところが漢方は、この一言から治療の方向――温めるのか冷ますのか――を決めます。証を大きく置くための最初の枠組みが、八綱(はっこう)です。
八綱 ― まず患者を大きく置く
八綱は、寒熱・虚実・表裏・陰陽という四対の物差しで患者を大づかみに置く枠組みです。細かい方剤選択に入る前に、まず「どちら側の人か」を決めます。実務でとりわけ要になるのが寒熱と虚実の二本で、婦人科では、この二本でおおよその方向が定まります。
寒熱 ― 温めるのか、冷ますのか
冷えで悪化し温めると軽快する状態を寒(かん)、熱感やのぼせ・ほてりがあり冷やすと楽な状態を熱(ねつ)と呼びます。そして――方向が真逆になります。
同じ月経困難症でも、寒の患者には温める方剤、熱の患者には熱を捌く方剤。寒熱を取り違えると、効かないばかりか悪化することもあります。のぼせと足の冷えが同居し、上は熱・下は寒と分かれる患者もいます。これは婦人科でよく出会う姿で、単純な二択にならないところが読みどころです。
虚実 ― 反応する力の物差し
もう一本が虚実(きょじつ)です。これは生体の反応する力の物差しです。
- 虚=反応力が低下している(体力が落ちている、疲れやすい、線が細い)
- 実=反応が過剰・充実している(体力があり、がっちりしている)
若くてがっちりした患者と、やせて疲れやすい患者では、同じ月経痛でも治し方が変わります。その違いを漢方は虚実で捉えます。
寒熱 × 虚実 ― 方向が決まる四象限
寒熱と虚実を掛け合わせると、患者の大きな治療方針が決まります。
- 寒 × 虚=冷えて弱っている。方向は「温めて補う」。冷えて疲れやすく、月経量の少ない患者はここ。当帰芍薬散などが合う座標です。
- 熱 × 実=熱を持って充実している。方向は「冷まして捌く」。のぼせ・便秘があり月経痛の激しい、がっちりした患者はここ。桃核承気湯などが届く座標です。
- 実際には寒×実、熱×虚といった中間もあり、患者は連続体の上のどこかに置かれます。
同じ主訴でも、置かれた象限が反対なら、方剤は正反対になります。これが「病名では処方が決まらない」ということです。
「冷え症」はどこに座るのか
婦人科でとりわけ多い訴えが冷え症です。西洋医学では「異常なし」となりがちですが、漢方では明確に扱う対象で、多くは寒――それも虚を伴う虚寒に置かれます。ただし冷え症も一枚岩ではありません。
- 全身が冷えて疲れやすく、むくみがち――血虚と水滞を伴う寒。温めて補い、水を捌く方向へ。
- 手足の先だけが強く冷え、しもやけができる――末梢の強い寒。深く温める方向へ。
- 冷えるのに手のひらや口唇はほてって乾く――寒と乾(虚熱)の同居。潤しながら温める方向へ(温経湯など)。
「冷え症」という一つの言葉の中に、これだけの座標があります。だからこそ、主訴からいきなり方剤を選ばず、寒熱と虚実で患者を置いてから一手を選びます。
もちろん、甲状腺機能低下症や貧血など、冷えの背後にある器質的原因の除外が先です。そのうえで、説明のつきにくい冷えを八綱で読み直します。次回は、月経前に心身が高ぶる「気の失調」を扱います。